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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和26年(う)476号 判決

控訴人 被告人 長岡すいの

弁護人 前田勝雄

検察官 小西茂関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人前田勝雄の控訴趣意は、昭和二十六年九月十四日付控訴趣意書記載の通りであるから、此処にこれを引用する。

論旨第一、二点について。

弁護人は、「沢田敏子の本件売淫行為は、同人の自由意思に基く行為であり、何人の強制によるものでもない。従つて、原審認定のように、被告人が、右敏子をして、淫行を為さしめたと言う事実は、あり得ない。」旨、主張し、また原審証拠調の結果を検討しても、被告人が沢田敏子に対し、淫行をするよう強制した事実は、これを認め得ないけれども、児童福祉法第三十四条第一項第六号に所謂「児童に淫行をさせる行為」とは、ひとり児童、すなわち、十八年未満の年少者を直接又は間接に強制して淫行を為さしめる場合のみにこれを限定すべきでなく、斯る年少者に対し、利害得失を説明して淫行をするよう示唆暗示し、或は、淫行の場所を提供して其の便益を図り、其の結果、児童をして淫行を為すに至らしめた諸般の場合を広く包含すると解すべきであるところ、原判決挙示の証拠によれば被告人は、其の経営する料亭に於て、児童福祉法第四条に所謂児童に該当する沢田敏子を、酌婦として稼働せしめ、同女が売淫をすればそれ丈収入が増加する仕組みのもとに、同女に対し淫行を為すべきことを示唆暗示し、且淫行の場所を提供して、其の淫行につき便宜を供与しよつて、同女をして、原判示日時場所に於て原判示の通り淫行を為すに至らしめた事実を肯認するに十分であつて、被告人の右所為は児童に淫行を為さしめたものとして、児童福祉法第三十四条第一項第六号第六十条第一項に該当することが明白であるから、論旨は理由がない。

また、弁護人は、「被告人は前記沢田敏子が、満十八年未満の者であることを知らなかつたものであり、また、知らなかつたことについて、過失がなかつたものである。」旨、主張するけれども、児童福祉法第六十条第三項は、「児童を使用する者は児童の年齢を知らないことを理由として、前二項(第一項に、同法第三十四条第一項第六号の罪を定めている。)の規定による処罰を免れることが出来ない。但し、過失のないときは、此の限りでない。」と定めているから、仮令、被告人が、沢田敏子の年齢を知らなかつたとしても、知らなかつたことにつき過失がない場合でない限り児童福祉法第三十四条第一項第六号に定める処罰を免れることが出来ないことは、言うまでもなく、ところで、被告人のような料亭の経営者が、酌婦を抱入れるに当り、酌婦の年齢が満十八年に達しているか否かを確かめるため、或は戸籍謄本を取寄せ、又は親権者其の他について事実を調査する等必要と認められる一切の手段を講ずべき義務あることは、当然の事理に属すると考えられるところ、証拠によれば、被告人は、右沢田敏子の容貌、体格等を観察し、本人の所陳を聴取したのみで、他に何等、同女の年齢を確知すべき必要な方法を執らず、漫然、同女を満十八年以上の者であると、軽信していたものであること、すなわち、沢田敏子の年齢を知らなかつたことにつき過失がなかつたものではないことを認定するに足るから此の点に関する論旨もまたその理由がない。

論旨第三点について。

記録を精査し、犯罪の状況、被告人の境遇、其の他諸般の事情を斟酌し、所論の諸点について十分な検討を遂げ、其の結果を綜合して判断するに、被告人に対する原審の量刑は相当である。論旨は採用し難い。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条に則り主文の通り判決する。

(裁判長判事 小山市次 判事 観田七郎 判事 沢田哲夫)

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